論語

子罕第九

【論語】子罕第九31「与に共に学ぶべきも、未だ与に道に適くべからず」

子罕第九31「可與共學、未可與適道」についてです。最後の句がいまいちつかめてないので再度勉強してきます。
述而第七

【論語】述而第七31「子、人と歌いて善ければ、必ず之を返えさしめ」

述而第七31「子與人歌而善、必使反之、而後和之」についてです。そういうこともあるのですね。楽しく歌うことも大事です。
衛霊公第十五

【論語】衛霊公第十五30「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」

衛霊公第十五30「過而不改、是謂過矣」についてです。まさしくその通りですね。反論の余地もない、名言中の名言です。
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憲問第十四

【論語】憲問第十四30「君子の道なる者三あり。我能くする無し」

憲問第十四30「君子道者三、我無能焉」についてです。子罕第九の30と同様ですね。孔子はまだ実践できていないと言ってますが、子貢はそれは謙遜だと言ってます。
子路第十三

【論語】子路第十三30「教えざる民を以て戦う、是れ之を棄つと謂う」

子路第十三30「以不教民戰、是謂棄之」についてです。まさしくその通りですね。無謀だと言えます。
子罕第九

【論語】子罕第九30「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず」

子罕第九30「知者不惑、仁者不憂、勇者不懼」についてです。なんともスッキリした名言ですね。
述而第七

【論語】述而第七30「陳の司敗問う、昭公は礼を知れるか」

述而第七30「陳司敗問、昭公知禮乎」についてです。これは孔子が間違ったことを言ってしまったということでしょうか。それを指摘されたことを喜んでいるようです。
雍也第六

【論語】雍也第六30「如し博く民に施して、能く衆を済うもの有らば」

雍也第六30「如能博施於民、而能済衆者」についてです。他人を第一に考えるのが仁者の在り方のようです。自分のことだけでも手一杯なのに他の人の事も考えるとなるとなかなか難しい事ですね。
衛霊公第十五

【論語】衛霊公第十五29「人能く道を弘む。道人を弘むるに非ず」

衛霊公第十五29「人能弘道、非道弘人」についてです。これは哲学にも続く章句ですね。人が道をつくる。道が人をつくるのではない、、、難しいです
憲問第十四

【論語】憲問第十四29「君子は其の言の其の行に過ぐるを恥ず」

憲問第十四29「君子恥其言而過其行」についてです。これも君子論です。言葉が過ぎるのはよくないということですね。言行一致ということでしょう。
子路第十三

【論語】子路第十三29「善人、民を教うること七年ならば」

子路第十三29「善人教民七年、亦可以即戎矣」についてです。「戎に即かしむ」難しいことばですね。戦争に行かせるという意味ですが、善人による7年の教育が必要としています。
子罕第九

【論語】子罕第九29「歳寒くして、然る後に松柏の彫むに後るるを知る」

子罕第九29「歳寒、然後知松柏之後彫也」についてです。転じて、苦難にあってはじめてその真価に気づくことができるというものです。
述而第七

【論語】述而第七29「仁遠からんや。我仁を欲すれば、斯に仁至る」

述而第七29「仁遠乎哉、我欲仁、斯仁至矣」についてです。なるほど、仁は求めれば近くにあるものなのですね。しかし仁の実践は難しいというわけです。
雍也第六

【論語】雍也第六29「中庸の徳たるや、其れ至れるかな」

雍也第六29「中庸之爲徳也、其至矣乎」についてです。中庸とは程よくあるということ。要はバランスが良い状態です。これが一番大事だと言ってますね。
衛霊公第十五

【論語】衛霊公第十五28「衆之を悪むも必ず察し、衆之を好むも必ず察す」

衛霊公第十五28「衆惡之、必察焉、衆好之、必察焉」についてです。自分で確認もせずに大衆に迎合することはよくないということですね。
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